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東京高等裁判所 昭和55年(う)1206号 判決 1980年2月04日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人畑和、同西田公一、同小長井良浩、同中島通子、同秋本英男が連名で差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであり、これに対する答弁は検察官海治立憲が作成した答弁書に記載されたとおりであるから、これらを引用し、これに対して当裁判所は次のとおり判断する。

一  本件訴訟の経過

まず、記録に基き、本件訴訟の経過をみるに、本件公訴事実の要旨は、「被告人らは、第一、昭和四三年一月一五日、約二〇〇名の学生らとともに東京都公安委員会の許可を受けないで、同都千代田区富士見二丁目一七番法政大学正門から同区飯田橋四丁目一〇番国鉄飯田橋駅へ向け集団示威運動をした際、午前八時二七分ころ同区富士見二丁目一〇番先路上において、前記無許可集団示威運動を警察官より制止されるや、多数の学生と共同して所携のプラカード(約四センチメートル角、長さ約一・二メートル柄の付着したもの)をもつて警察官に殴りかかることを決意し、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的で右プラカードを兇器として準備して集合し、第二、多数の学生らと共謀のうえ、同日午前八時二八分ころ、同区富士見二丁目一〇番先路上において、前記学生らの違法行動を制止、検挙する任務に従事していた警視庁麹町警察署長青木葉贇、第五機動隊長石川三郎各指揮下の多数の警察官をめがけて、所携のプラカード、角棒で殴る、突く等の暴行を加え、もつて右警察官の職務の執行を妨害したものである。」というのであるが、原判決はおおむね右の公訴事実と同様の事実を認定し、被告人らにつき、いずれも兇器準備集合罪、公務執行妨害罪の成立を認めた。

そして、差戻前の控訴審判決は、被告人らを含む本件学生集団の学生らに共同加害の目的並びに公務執行妨害の共謀があつたと認定することはできないとし、また、本件警察官らの学生集団に対する阻止行為は適法な公務の執行とはいえないとし、被告人らのうち四名が角材を振るつて阻止線の警察官らの身体に暴行を加えた行為は各自の偶発的な行為というべきものであり、他の二名は角材等を振り上げていたにすぎず、警察官に対し暴行を加えたとまでは認められないとして原判決を破棄し、前記第一の兇器準備集合の事実については、被告人ら全員について無罪、同第二の公務執行妨害の事実については、被告人木下、同草野は無罪、その余の被告人に対しては暴行罪の限度において刑責を認めた。

これに対し上告審である最高裁判所第二小法廷は、角材の柄付きプラカード等を所持して集団示威運動を行つていた学生集団の先頭部分に位置していた一部の学生が阻止線の警察官に対し所携の右プラカード等を振り上げて加害行為に出た時点以後においてはこれらの行動を相互に目撃しうる場所に接近して位置していた学生のうち、少くとも直接警察官に対し暴行に及んだ者あるいは角材の柄つきプラカード等を振り上げて暴行に及ぼうとした学生らは、特段の事情がない限り、漸次波及的に警察官に対する加害意思を有するに至つたと認定するのが相当であるにもかかわらず、被告人らを含む先頭部分の学生集団の学生らの行為は銘銘の個人的な意思発動による偶発的行為にすぎず、これらの者の間に共同加害の目的の存在を認めることができないとして被告人らに対し兇器準備集合罪が成立しないとした原判決(差戻前の控訴審判決)は事実誤認の疑いがあり、また、本件の事実関係に照らせば、警察官の阻止線形成行為は無許可の集団示威運動をやめるようにとの警告に従わない学生集団に対してとられた東京都公安条例による制止行為にほかならないと解されるのに原判決(差戻前の控訴審判決)が、これを違法としたのは、阻止線形成行為についての法的評価を誤つたのみならず、同判決が被告人らの公務執行妨害に関する共謀を否定し、被告人らに対し公務執行妨害罪が成立しないとした点も法令の解釈を誤り、事実を誤認した疑いがある、として原判決(差戻前の控訴審判決)を破棄し、本件を当裁判所に差し戻した。

二  当裁判所の判断

そこで当裁判所は原審記録を調査・検討し、当審における被告人らの供述をも参酌して所論の当否について判断する。

(一)  控訴趣意第一部第五点共同加害目的に関する事実誤認の主張について

所論は、要するに、原判決は、被告人らを含む二〇〇名の本件学生集団の学生らにつき共同加害の目的があつたと認定判示しているが、被告人らを含む学生集団の学生には警察官に対し共同して害を加える目的はなかつたから原判決は事実を誤認したものである、と主張しその理由を縷説するものである。

そこで検討するに、原判決挙示の関係各証拠によれば、次のような事実を認めることができる。すなわち、

(1)  被告人らが同調するいわゆる三派全学連中核派は、アメリカの原子力航空母艦エンタープライズ号の佐世保寄港阻止を目的として昭和四三年一月一五日東京駅発午前一〇時三五分発の急行西海雲仙号に乗つて佐世保に赴くことをきめ、前日の同月一四日から法政大学構内においてエンタープライズ寄港阻止のための集会を開き、さらに同大学正門から国鉄飯田橋駅を経て神楽坂下交差点に至る間において集団示威運動を行うなどしたのち、引き続いて同大学構内において開かれた集会において指導者らが参加学生に対し「あらゆる国家権力と弾圧をはねのけて全員佐世保に集まろう。エンタープライズ寄港阻止のため最後まで闘い抜こう。いかなる警察権力にも勝つ闘いをやろう。」などと呼びかけて気勢をあげ、原判示のように、太さ約三・五センチメートル長さ約一二〇センチメートルの柄に厚さ〇・二七センチメートル、縦三五センチメートル、横四五センチメートルのベニヤ板を釘で打ちつけ、これに「エンタープライズ実力阻止」等と書いた紙面をはりつけた角材の柄付きプラカード多数を用意したほか、翌一五日早朝学生は石をダンボール箱に詰めて用意したうえ、「警察官の壁をぶち破つて佐世保へ行こう。」との内容の演説が行なわれるなどした集会を持つたこと、

(2)  同日午前八時二三分ころ被告人らを含む約二〇〇名の学生全員が、白ヘルメツトをかぶり、前記角材の柄付きプラカードを所持し、約五列の縦隊形で同大学正門を出発し、「エンプラ粉砕。」などと叫びながらゆつくりとした小刻みの駆け足で無届けの集団示威運動に移つたこと、

(3)  一方警備の指揮官であつた麹町警察署の青木葉署長は、同大学正門から前記の駆け足で行進してくる学生集団に対し無届デモをやめさせるべくトラメガで「無届けデモはやめよ。」と警告を発したが、右学生集団はこれを無視し、駆け足から小走りに移つたので、同署長は二回にわたり同様の警告を発したが、学生集団はこれに従わず、東京都千代田区富士見二丁目の前田建設工業株式会社正門付近で道幅一杯に拡がり、学生集団の先頭部分と同署長とが接触する状況となつたこと、

(4)  他方機動隊三個中隊一五八名の指揮をとつていた石川隊長は、右の学生集団を認めその先頭部分が富士見二丁目一〇番三二号前田建設富士見寮付近にさしかかつたとき、無届けデモを解散させ、三々五々行かせるにはその進行を阻止する必要があると考え、付近に待機させていた前記の部隊に命じて三列横隊の阻止線を作らせたところ、右学生集団の先頭部分の学生らは右の阻止線を形成した警察官に向かつて「駅に行かせろ。」などと叫びながら進み出て通行させるよう要求するとともに部隊前面に出たその数およそ一〇数名ないし二〇名位の一部学生らは同八時二八分ころ各自所持していた角材の柄付きプラカードあるいは角材(プラカードの部分がはずれたもの)をもつて警察官めがけて殴りかかり、あるいはこれを振りあげるなどしたこと、被告人ら六名はいずれも右学生集団のほぼ先頭部分に位置していて現行犯逮捕されたものであるが、被告人木下、同草野を除く被告人四名は各自所携の角材をふりあげて警察官の身体を殴打したこと、被告人木下、同草野はプラカードあるいは右同様の角材を持ち上げ、あるいは振りあげて右阻止線の警察官と対峠していたこと、

(5)  とくに、学生集団の前面が阻止線の警察官と接触する状況となつた際において、被告人大場は、学生集団の最前列に位置しており、警察官津田正昭の右股を所携の角材を振つて殴つたこと、被告人木下は学生集団のほぼ前列に位置しプラカードを手で持ちあげていたこと、被告人和島は学生集団の先頭部分にいて阻止線を張る警察官の直前において角材を振り上げ、警察官丸山義彦を殴打したこと、被告人増見も学生集団の前面が阻止線の警察官と接触する状況となつた際、その先頭にいて他の学生とともにプラカードを両手にもち前に構えたり、プラカードの柄で警察官熊上光夫を殴打したこと、被告人草野は学生集団の先頭部分が所携のプラカードを構えて警察官に打ちかかろうとしていた際に集団の左側前面を進みプラカードを振りあげていたこと、被告人向山は学生集団の先頭部分から二列目にいて角材を構え警察官高橋只男を殴打したこと、そして被告人らはいずれも相互に至近の位置にいて学生集団中の先頭部分にいた他の者が警察官に暴行を加えることを優に認識できる場所にいたこと、

(6)  右のように学生集団の一部学生が警察官に殴りかかつている間には、阻止線を張つたばかりの警察部隊は一時防禦一方の態勢となり防石ネツトも一部にしか張る余裕がなく阻止線は後退することを余儀なくされたこと、そのうちに部隊は隊形を立て直し石川隊長の検挙命令により学生らを道路北側の土手際に圧縮し、検挙活動に入つたこと、

以上の事実を認めることができる。

右のような事実によれば、本件学生集団の先頭部分にいた一部学生がプラカードや角材を振りあげて警察官に暴行を加えた時点以後においては、近くにいてこれらの行動を目撃して直接警察官に対し暴行に及んだ者あるいは角材を振りあげ暴行に及ぼうとした学生らは漸次波及的に警察官に対する共同加害意思を有するに至つたものと認めるのが相当であり、被告人らの前記の行動やその位置していた場所に徴すれば、被告人らに共同加害目的の存したことは明らかである。そうしてみると、被告人らの右所為は、周辺の学生らの暴行とは全く関係のない各自の個人的な別個独立の意思発動による偶発的行為であるとか、警察官の圧縮規制に対する防禦的、反射的行為であるとかみることは到底できないところである。記録上存する、右認定に沿わない各証拠は右説示の情況や証拠と対比して信用することはできず、他に被告人らが学生集団の行動から離脱しようとしていたなど、本件において兇器準備集合罪の成立を否定すべき事情は存しない。

ところで、原判決は、被告人らは、本件当日午前八時二七分ころから同二八分ころまでの間、富士見二丁目一〇番二六号前田建設工業株式会社正門前付近から同二丁目一〇番三六号元逓信博物館跡空地の北側道路上に至る間の約一二〇米の道路上において、右約二〇〇名の学生と共同して、右警察官に対し所携の角材の柄付きプラカードをもつて殴打、刺突することの意思を相通じ、もつて共同して害を加える目的で兇器を準備して集合したと認定判示しているが、共同者の範囲については証拠上、前述したように、現場にいた学生の一部に縮少・限定すべきであり、その点において原判決は当裁判所の認定と牴触する限度において事実を誤認したものといわなければならない。しかしながら右の程度の誤認は構成要件的評価に差異を来たすものではなく、また直ちに量刑に影響を及ぼすほどの犯情の変化を招来するものでもないから、原判決の叙上の事実誤認はいまだ判決に影響を及ぼすものということはできない。論旨は理由がない。

(二)  控訴趣意第一部第一点法令適用の誤り等の主張について

所論は、要するに、原判決は本件角材の柄付きプラカードを刑法二〇八条の二にいう兇器にあたると認定・処断しているが、右プラカードは同条項にいう兇器にはあたらないから、原判決は事実を誤認し、刑法の同条項の解釈適用を誤つたもので違憲ですらあると主張し、その理由を縷述するのである。そこで検討するに、同法条にいわゆる兇器には性質上の兇器に限らず、いわゆる用法上の兇器を含むと解すべきであり、被告人らが警察官らに共同して害を加える目的のもとにその準備があることを知つて集合した際学生らが所持していた本件角材の柄付きプラカードは、政治的思想表現の一手段であるにしても、原判示のようにその数量が多いこと、その形態、性状、学生集団中の一部学生の使用状況に徴すると、用法上の兇器としての一面を持つていることは明らかであり、この点につき原判決には何ら法令の適用の誤りや事実の誤認はなく、所論違憲主張もその前提を欠き失当である。所論は理由がない。

(三)、(四)(略)

(五) 控訴趣意第二部第一点ないし第六点、第三部第一点、第二点の事実誤認等の主張について

所論は、要するに、原判決が本件における警察官による被告人ら学生集団に対する規制は無許可の集団示威運動を解散させるための警告に従わない学生集団に対しとられた適法な制止行為であつて予防検束ではなく、かつ、被告人らに公務執行妨害の共謀の事実があつたと認定したのは事実を誤認したものであると主張し、その理由を詳説するのである。そこで検討するに、関係各証拠によれば、先に説示したように学生集団は青木葉署長が発した無許可の集団示威運動をやめるようにとの再三の警告にもかかわらず道幅いつぱいに拡がつて進行を続け、その先頭部分の一部学生は阻止線を形成していた警察官に対し角材の柄付きプラカード又は角材をもつて一方的に暴行を加えてきたものであり、阻止線を張つていた警察官は、一方的に後退を余儀なくされるばかりで、この間積極的行動に出るものは特になかつたこと、そしてその後の石川隊長の検挙命令によつてはじめて被告人らの逮捕行為が開始されたものであることが明らかである。ところで昭和二五年東京都条例第四四号集会集団行進及び集団示威運動に関する条例第四条は無許可の集団示威運動に対して有効適切な是正措置を必要な限度を超えない範囲で講じうるとしたものであるところ、先に判示したような事実に照らせば、本件においてとられた警察官の阻止線形成行為は被告人ら学生集団による公共の秩序に対する侵害行為を阻止するためにとられたもので、右条項にいう制止行為にほかならないと認められる。また、右の行為が直ちに逮捕行為であると目すべきものでないことも言うまでもないところであつて、警察官が当初から学生集団全員の逮捕を意図し、学生集団を挑発して学生集団検束のために意図的に阻止線を張る等、公共の秩序の維持以外の目的で行動に出たものとは証拠上全くうかがわれず、また、右の阻止線形成行為が被告人らの公共の秩序侵害行為を是正する措置として必要な限度を超えたものということもできず、いわゆる予防拘禁にも等しい警備警察の行きすぎがあつたと認むべき証跡はないのであるから、本件における警察官の阻止線形成行為は適法な制止行為であつたといわなければならない。従つて阻止線を形成していた警察官に対し所携のプラカード、角材を振るつて殴つたり、殴りかかつたりすることは公務執行妨害罪としての刑責を負わなければならない行為であり、本件証拠上、被告人らを含む学生集団の先頭部分にいた者の間に警察官に対する加害の意思が相通じたことも優に肯認できるところである。以上の認定に反する被告人らの原審及び当審における供述その他の証拠は採用することができない。ところで、原判決は、被告人らは約二〇〇名の学生らと共謀のうえ、警察官に対し暴行を加えその職務の執行を妨害したと認定しているが、共謀者の範囲については証拠上、前述したように、現場にいた学生の一部に縮少・限定すべきであり、その点において原判決は当裁判所の認定と牴触する限度において事実を誤認したものといわなければならない。しかしながら共謀者の範囲、暴行に加功した者の数等において右の程度の差異があるにしても、右は構成要件的評価に差異を来たすものではなく、また直ちに量刑に影響を及ぼすほどの犯情の変化を招来するものでもないから、右の事実誤認はいまだ判決に影響を及ぼすものということはできない。論旨は理由がない。

(六) 控訴趣意第三部第三点、第四点事実誤認、法令適用の誤りの主張について

所論は要するに、被告人らの本件所為につき正当防衛、誤想防衛が成立し、かつ、これらは実質的違法性を欠き、可罰的違法性もないから、これを認定、判断しなかつた原判決には事実の誤認、法令の適用の誤りがある、というのである。しかしながら既に説示したところから明らかなように、被告人らの警察官に対する共謀に基づく暴行を正当防衛ないし誤想防衛とみることは到底できないところであり、また、その手段、態様等の本件の具体的事情に鑑み、被告人らの本件所為につき実質的違法性を欠くとか、可罰的違法性がないとかいう所論も失当であつて到底採用できない。論旨は理由がない。

以上の理由により、被告人らにつき兇器準備集合罪、公務執行妨害罪が成立するとした原判決は結局相当であるから刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却する。

よつて主文のとおり判決する。

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